ケラーニ『SweetSexySavage』が最高のポップ・アルバムである5つの理由

  • 2017.02.18 Saturday
  • 18:25

 

前回の記事でも述べた通り、現在のポップ・ミュージック・シーンにおいてR&Bミュージックはその黄金期真っ只中です。

 

新たな黄金期にあるR&Bのいま

 

そして、年が明けてからの最大のビッグ・リリースはケラーニの全米アルバム・チャート初登場3位を記録したアルバム、『SweetSexySavage』で間違いないでしょう。

 

このアルバムはR&Bアルバムとして優れているだけでなく、シーンの新たなアイコンによる、ウェルメイドなポップ・ソングが並べられた「2017年最も重要なポップ・アルバム」にもなりそうなのです。その重要度で言えば、2014年のテイラー・スイフト『1989』や2015年のカーリー・レイ・ジェプソン『E・MO・TION』とも並べたくなるほど。今回はその、オークランドを拠点とするシンガー、ケラーニこと、ケラーニ・パリッシュの正式なデビュー・アルバムとなる『SweetSexySavage』が最高のポップ・アルバムである5つの理由を語ってみたいと思います。

 

 

1. ケラーニはネクスト・レベルへ達した

    新世代フィメール・アイコンだから

 

本稿で扱うケラーニが先日リリースしたアルバム、『SweetSexySavage』は全米アルバム・チャート初登場3位の好発進を記録し、彼女は一気にR&Bシーンの新たなクイーンへと軽々躍り出ましたが、この成功の裏にはポップ・アーティストとして真っ当な間隔でその歩を進めてきた背景があります。そして、それは周囲の新進R&Bシンガーが簡単に成し得られていないことでもあります。

 

そもそもケラーニは、オーディション番組「America’s Got Talent」に出場したPoplyfeというバンドのシンガーだったという経歴はあるものの、ソロ・シンガーとしてのブレイクのきっかけは、『Could 19』とグラミー賞のアーバン・コンテンポラリー部門へのノミネートも果たした『You Should Be Here』という二つのミックステープです。ここを起点にその後の流れを追いかけてみると、これら二つの作品のリリースが順に2014年と2015年。そして、本格的に彼女が大衆の前で日の目を浴びることとなる、サイケデリックなトラップ・ビートの上でギャングへの愛を歌った「Gangsta」での映画『スーサイド・スクワッド』サントラへの参加が2016年。正式デビュー・アルバム『SweetSexySavage』のリリースが2017年明け。つまり、彼女はシーンに登場して以来一年ごとに着実なステップを踏んできたということがわかります。

 

ミックステープ『You Should Be Here』のタイトル・トラック

 

実はケラーニと同時期にブレイクの鍵を掴みかけたシンガーは他にも何人かいます。しかし、彼女たちはケラーニに比べればその後の決定的な一打が中々掴めていない様子。例えば、DJマスタードのビートの上でScHoolboy Qと共演したスマッシュ・ヒットと「2 On」、それを収録したアルバム『Aquarious』でブレイクしたティナーシェは、来日も果たすはずだった「Joyrideツアー」が制作に専念するため打ち切られ、更にその当の新作『Nightride』は全米89位止まり。また、2013年にミックステープ『Cut 4 Me』でブレイクしたケレラは、引き続きアルカらアンダーグラウンドのプロデューサーとタッグを組むことで自身の神秘的な持ち味をキープしたままだし、ケンドリック・ラマーら所属のTDEで唯一の女性アーティストとして2013年のレーベル契約以来ずっと注目され続けてきたシザー(SZA)はデビュー・アルバムのリリースが2017年まで約4年かかってしまいました。

 

ティナーシェ「2 On feat. ScHoolboy Q」

 

こうしたアーティストたちの現況を見てみれば、ケラーニが一度シーンの注目の目を惹いてからいまのポジションに達するまでのステップの踏み方は百点満点と言いたいほどにお見事と言えますし、この『SweetSexySavage』によって彼女は正真正銘、現在のR&Bシーンの中でネクスト・レベルに達したアーティストになったということがわかっていただけるでしょう。

 

ケラーニ「Gangsta」

 

 

 

2. “SweetSexySavage” こそが

    ケラーニ・パリッシュという人物だから

 

前項でケラーニはいまのR&Bクイーンの地位に「軽々」到達したと書きました。ただ、勿論彼女が苦労していないなんて言うつもりはありません。プライベートでも昨年は自殺未遂なんてこともありましたしね。彼女はいまの名声を得るまでの間、多忙な日々をこなす強いメンタリティがある一方で、勿論プライベートでは繊細さがあったり、恋愛においてのセクシーさあったりと、様々な面を持っている一人の女性であり、一人の人間なのです。そして、それは本作のリリックに現れており、まさしくそれが本作のタイトル、『SweetSexySavage』を体現しています。

 

ケラーニ「Advice」

 

例えば作中には、恋愛における彼女の傷つきやすさを正直に述べた「Keep On」や「Escape」、「Advice」といったスウィートな楽曲があり、一夜限りの関係を匂わせる「Distraction」があり、打たれ強さを見せる「CRZY」や「Do U Dirty」、「Personal」もあります。つまり、このアルバムにおいて彼女は、そのタイトルの通り「私はスウィートにも、セクシーにも、サヴェージにもなれる人間だ」と宣言しているのです。更に、実際に語られているストーリーや感情は普遍的なものが多く、それらは多くの若者が成長過程で経験するようなものとも言えるのではないでしょうか。

 

ケラーニ「Distraction」

 

ケラーニ「Do U Dirty」

 

アーティストとして、女性として、一人の人間として、彼女の持つ「Sweet」、「Sexy」、「Savage」という様々な面を臆面なく正直に述べた本作のリリックは、彼女の魅力をより引き立たせます。

 

 

 

 3. 「Undercover」は

     2017年最高のポップ・ソングだから

ケラーニ「Undercover」

 

まだ2017年も2ヶ月しか経過しておりませんが、これだけは断言したいです。この『SweetSexySavage』に収められた一曲、「Undercover」は2017年最高のポップ・ソングです。BPM145の軽快なビートに乗ったこの曲は、この素晴らしいポップ・アルバムの中でも飛びぬけてキャッチーな一曲。では、何故この曲がポップ・ソングとしても最高なのか。それはこの曲が優れたポップ・ソングの方程式に乗っ取っているからです。私なりの優れたポップ・ソングの方程式の解は、「.轡鵐ロングできるようなキャッチーなフックやメロディ・ラインを持つこと、普遍的なテーマを扱ったリリック、2甬遒里手本からの大胆な引用」の3本です。他にもう一つあるとするなら、「象徴的なリフレインの繰り返し、つまりループ/円環を持った楽曲構造」でしょうか。

 

ではそれが「Undercover」ではどうなのか。まず,亙兇譴發覆メロディ・ラインがキャッチーですし、「One way or another〜」で始まるコーラスではビートが無くなったところに、同じフレーズがスムースに繰り返され強いフックになっていますし、△麓分と恋人との関係を認めようとしない周囲へ “Fuck it!”と宣言するようなテーマからして、十分にユニバーサルなトピックの形を取っていますし、それによって、昨日までケラーニと何の繋がりもなかった他者にさえ語りかける可能性をしっかり持っています。

 

で、ここで肝心なのはです。これについては「Undercover」がどんなパフォーマンスを取っているかに移る前に、この解について2015年と2016年のそれぞれのメガヒットで例えてみましょう。

 

まず2015年のマーク・ロンソン&ブルーノ・マーズによる「Uptown Funk」(リリースは2014年末)が80年代のミネアポリス・サウンドのファンク・グル―ヴをそのまんま持ち込んでいたのはわかりやすいでしょう(ポップ・ミュージック史上最も不名誉な「Blurred Lines」訴訟の影響によってザ・ギャップ・バンドのメンバーが後からクレジットされることになったことは忘れてないけど)。

 

続いて昨年全米12週連続1位を記録したチェインスモーカーズの「Closer」。こちらは00年代に職人芸のようにアダルト・ポップの特大ヒットを生み出したバンド、ザ・フレイの感傷的なメロディをなぞっています(こちらも後からフレイのメンバーの名前が「Closer」のクレジットに載りました)。

 

ここからわかるのは、広く大衆に受け入れられる大文字のポップ・ソングの多くは、その時々のトレンド(ここではEDM的な構造とプロダクション)をベースにしながらも、過去のお手本を研究して何かしら盗んで来ているということ。時代を彩るポップ・ソングほど元ネタのようなものの力に助けられているし、だからこそタイムレスな輝きを放っているのです。そして、そうした大胆な引用の連続によってこそポップ・ミュージックの未来が作られるのでしょう。だからこそ、「ポップ・ソング」というのはダイナミックな表現方法でもあります。勿論、リアーナの「SOS」「Don’t Stop The Music」、ビヨンセとジェイZの「Crazy in Love」、ブリトニー・スピアーズの「Toxic」、M.I.A.の「Paper Planes」といった楽曲も一緒です(こちらでくわしく)。

 

だいぶ脱線してしまいましたが、の解についてケラーニの「Undercover」の場合は、ヴァースからエイコンの2007年のヒット「Don’t Matter」を、メロディは少しばかりトラックに合わせて歌いやすいよう変えているものの、リリックは「Nobody wanna see us together / But it don't matter no / 'Cause I got you babe babe」というラインをそのまま引用しています。この引用が行われたのも両者のリリックのテーマがほとんど同じだからではあるものの、当時ゲイ・アンセムとしてもウケていたレゲエ調のこの曲を持ち込むことで、聴き手の想像力がより拡がるとともに、過去のポップ・クラシックがケラーニを通してアップデートされています。

 

 

こうした引用がなされるのもケラーニの熱心なポップへの探究心があってこそ。2015年のThe Faderのインタビューで彼女の口からこんなことが語られていました。

 

「ソングライターとしてメロディやフック、タイミング、パターン、ワードプレイをブレイクダウンしている。マックス・マーティンで勉強しているの。」―

 

大文字のポップ・ソングの方程式の解き方をなぞった「Undercover」は間違いなく2017年最高のポップ・ソングであります。ただ、特にの「引用」については、この曲はアルバム中のあくまで一つの例に過ぎません。次のパートでより深く語ってみましょう。

 

 

 

4. R&Bの歴史を横断する

    ダイナミックなアルバムだから

 

ケラーニがミックステープで頭角を現した新世代R&Bアイコンであること、例えば2曲目の「Keep On」がイギリスのNAOを思わせるファンク・トラックであること、そして当然のように現行ポップ・ソングのスタンダード=トラップのビートが鳴っていることからして、自然と本作はモダンなプロダクションのR&Bアルバムであると錯覚してしまうかもしれません。ただ、タイトルの『SweetSexySavage』が1994年のTLCのブレイク作『CrazySexySoul』からの引用であるように、本作はあらゆるところにR&Bの歴史の断片が散りばめられている、ダイナミックな作品であることも忘れちゃいけません。

 

まず分かりやすい例を挙げるなら、ボーイ・バンド、ニュー・エディションの1988年「If It Isn’t Love」のコーラスを冒頭に乗っけた「In My Feelings」や90年代後半のR&Bアイコン、アリーヤをサンプリングした「Personal」があります。

 

 

 

他にも「Too Much」のリズム・ワークはティンバランド印の、細かく刻まれながら揺らつくあのドラム・ビートを思い出させますし、「Personal」でラップしながら歌う姿は、そのティンバランドのプロダクションとのタッグでお馴染みミッシー・エリオットの姿を思わせます。

 

 

つまり、本作からは至る所に90年代中ごろから00年代初めにかけての「 "R&B" が "ポップ" の同義語であった時代」のエッセンスが感じられるのです。コンテンポラリーR&Bミュージックの歴史をなぞり、前述のモダンなプロダクションを駆使してアップデートすることによって、このアルバムはタイムレスな輝きを放つとともに、あらゆる世代に引っ掛かり得るようなポテンシャルも持ち得ているといえます。

 

 

 

5. 『1989』、『E・MO・TION』と並ぶ

    最強のポップ・アルバムだから

 

ここまで語ってきたところをまとめると、この『SweetSexySavage』は主にプロダクションの面でのコンテンポラリーR&Bミュージックの歴史のアップデートを、大胆にもポップ・ソングの形式を取りながら成し遂げているということになりそうです。そして、その “ポップ・ソング” は本作の17曲(冒頭はポエトリー・リーディングの形式)全てに対して言えることであり、こうして全編が上質なポップ・ソングで溢れているからこそ、17曲/58分という長さでありながら、リスナーを簡単に疲れさせないのもこの作品の強さです。

 

こうした強度を持ったアルバムを2010年代のポップの歴史で思い出してみれば、テイラー・スイフトの『1989』、カーリー・レイ・ジェプセンの『E・MO・TION』が直ぐに浮かんできます。

 

テイラー・スイフト『1989』収録の「Shake It Off」

 

カーリー・レイ・ジェプセン『E・MO・TION』収録の「Run Away With Me」

 

どちらも主にそれぞれの恋愛体験を独特の語り口で述べながら、それぞれエレポップや80年代のネオンな輝きを持つポップ・ミュージックたちを、最先鋭のライター/プロデューサーたちの力を借りながら最高品質でアップデートしていました。更に付け加えるなら、客演アーティストの力をほとんど借りずに自らを主役に引立てアルバムを完成させたという意味でもこの2枚は、『SweetSexySavage』の横に並べたいアルバムです。

 

2017年に産み落とされたケラーニの『SweetSexySavage』は、こうしたポップのクラシックとも肩を並べることが出来る、最高のポップ・アルバムなのです。是非2017年のあなたのサウンドトラックにしてみては如何でしょうか。

 

アルバムのリード曲ともいえる「CRZY」

  

新たな黄金期にあるR&Bのいま

  • 2017.02.12 Sunday
  • 22:20

「いまR&Bは黄金期にある。2016年はその最も強力な一年だった。」―とは昨年末のガーディアンの記事の見出しです。どうでしょうか。確かに昨今のポップ・ミュージックを牽引しているように見えるジャンルは、ケンドリック・ラマー、チャンス・ザ・ラッパー、ドレイク、ミーゴスらがストリーミングが反映されて以降のチャートやフェス、アワードなど様々な場所で王座に居座り、ここ日本でも空前のブームとなっているとおりラップ・ミュージック/ヒップホップかもしれません。ただ、もちろんヒップホップというジャンルは特に90年代以降あらゆる意味でR&Bというジャンルとも共にあったはず。ともすれば、ヒップホップに連動するかのようにR&Bというジャンルのいまも面白い状況にあるはず、と考えるのも無理はないはずです。いまやヒップホップもR&Bも、例えばマイク・ウィル・メイドDJマスタードメトロ・ブーミンのような同じプロデューサーがトラックを作るのが当たり前になっていることからもわかるように、この二つのジャンルが地続きで繋がっている様は、これまで以上に鮮明になっています。そして何より、2015年のベスト・アルバムの定番がケンドリック・ラマー『To Pmip A Butterfly』だったのに対し、2016年のそれはビヨンセ『Lemonade』、ソランジュ『A Seat at the Table』、フランク・オーシャン『Blonde』でありました。

 

実際、いまのR&Bに目を移してみれば、サウンド、リリックなどその表現の幅広さ、世界各地から新顔が群雄割拠する様からして、一般的に語られるところの黄金期=90年代に匹敵するどころか、それ以上の面白い時代に突入しているように思えます。総じて、ガーディアンの記事タイトルは大袈裟でもなく、2016年のポップ・ミュージックの最も重要なテーマの一つを的確にとらえたものだったのだ、ということです。

 

今回は数回の記事に分けながら、R&Bシーンの現況を確認していきながら、年明けにあったリリース・ラッシュや今年活躍が期待されるブライテスト・ホープをピックアップし、引き続き黄金期といえる状態が続くと思われるR&Bミュージックの2017年について展望していきます。

 

 

 ブラック・ライブス・マターへの共鳴、

表現の壁を取っ払ったトップ・アイコンたち...

 

ディアンジェロ、ケンドリック・ラマー、コモン…。ここ3年ほど、ヒップホップ界からはアメリカでの警察官からアフロ・アメリカンなどマイノリティへの暴力行為への一連の抗議運動=ブラック・ライブス・マター・ムーブメントへのレスポンスが盛んに作品に反映されましたが、2016年はその声が、そうした動きが、ヒップホップだけでなく、R&Bミュージックからもより多く見られた一年でした。

 

ビヨンセ『Lemonade』アリシア・キーズは勿論のこと、嘆き、悲しみに同調するメディテーションとしてビヨンセとは対照的な方法を取ったソランジュ『A Seat at the Table』や、ブルース・スプリングスティーン「Born in the USA」へのアンサー・ソングでありながらも、アメリカ社会が動いた歴史的シーンを切り取ったMV、「Breathe out, breathe in」というリリックの繰り返しによりエリック・ガーナ―の窒息事件にコメントした「American Oxygen」のリアーナ(この曲のリリースは2015年)はその筆頭ともいえます。

 

そして、これらの作品の多くは、ケンドリック・ラマーらがそうであったようにそのサウンド・プロダクションもまた素晴らしかったことで2016年を代表する一枚となりました。特にビヨンセ、リアーナといったこれまでアメリカのメインストリーム・ポップスのセンターにいたクイーンたちの冒険的なサウンド・アプローチは、彼女たちにとってのこれまでの表現の壁を取っ払い、シーンのトップ自らがポップやR&Bの新たなお手本を提示する形となりました。だからこそ、「2016年はインディやアンダーグラウンドよりも、ポップ音楽そのものが一番面白かった」ということが言えます。もちろんビートを極限まで排した挑戦的なプロダクションによってR&Bミュージックの常識を覆してしまったフランク・オーシャン『Blonde』も忘れてはいけない。

 

 

ドレイク、ザ・ウィーケンド以降の新たな表現が花開いた

 

そもそもR&Bミュージックが新たな革新的な動きを見せたのは2000年代の終わりごろから〜2010年代の初めにかけて。そして、中でもこの期間に登場したドレイクザ・ウィーケンドという2人のアーティストの影響力はご存じのとおり。前者は歌とラップの境界を曖昧にし、また独特の女々しくも優しいリリックによって、後者はポーティスヘッドやスージー・アンド・ザ・バンシーズをサンプリングするようなそれまでのR&Bミュージックからは想像もつかない圧倒的なダウナーなムードを駆使しながら、R&Bの新たな表現の時代を宣言しました。私もそれまでR&Bミュージックというと何か、「同一のフォーマットの上で似たような表現が繰り返されている」といった偏見を抱えがちでしたが、この2人の登場によって、その偏見は簡単に崩れ落ちていきました。

 

それ以降、主にドレイクのレーベル=OVO Sound周辺を中心にこの2人の空気感を共有するシンガー・プロデューサーが多数登場しましたが、特にマジッド・ジョーダンdvsn(ディヴィジョン)のデビュー・アルバムの発表を筆頭に彼らのフォロワーの存在感が目立つ昨今の状況からは、ドレイク、ザ・ウィーケンド以降が築いた新たなR&Bフォーマットが完全に実を結んでいるとういことが言えましょう。

 

 

アンダーソン・パック、チャイルディッシュ・ガンビーノ...

シーンにいる無数の才能たち...

 

もちろん、R&Bで活躍するアーティストはここまで挙げてきた名前だけに留まりません。新たな「黄金期」というからには、キリが無い程多数の才能が群雄割拠しているのです。

 

 

北米からは、ファンク、ソウル、ディスコなどをそれぞれの方法でアップデートしたKINGアンダーソン・パックBJ・ザ・シカゴ・キッドチャイルディッシュ・ガンビーノ、更にシーンのライジング・アーティストを多くフィーチャーし、ビートメーカーとして自身の記名性高いバウンシーなビート感を生かしながらそれを行ったケイトラナダ、よりサイケデリックな方向にシフトした大ベテランのマックスウェル、エモーショナルな「Weight in Gold」を携え一気にネクスト・ビッグ・シングとなったガラント、チャンス・ザ・ラッパーのSaveMoneyクルーのすぐ側でその空気感や視点を共有するジャミラ・ウッズ、先鋭的なエレクトロニカのプロダクションの上で歌うドーン・リチャード、インディR&Bの旗手=ブラッド・オレンジなどなど。

 

 

そして、ここ数年は完全にポップ・ミュージックの中心地をアメリカに奪われていたイギリスからも、ビヨンセやカニエ周りの仕事を反映したジェイムス・ブレイク、ボーカル・スタイルは90年代のフィメール・アーティストの系譜でありながらもMura Masa、FKA Twigsらの楽曲のモダンなビート感とも重なるNAOや、ナイル・ロジャースの参加でディスコへも舵を切ったローラ・ムヴーラ、ディアンジェロのバックを務めるピノ・パラディーノや、マーカス・ミラー、エスペランサらを起用したコリーヌ・ベイリー・レイそして先日デビュー・アルバムをリリースしたサンファがいます。

 

もちろん、ジャンル横断的な動きが多い先述のアーティストたちに対し、トラップ・ビートの上で歌うブライソン・ティラーフェティ・ワップトーリー・レーンズ(ブライソン・ティラーのアルバム・タイトルとも紐付けてこれらのアーティストたちの音楽を一部では"トラップ・ソウル"とジャンル化する向きも)、さらにベテラン、アッシャージョン・レジェンドといったより従来からのR&Bのメインストリーム・シーンに位置するシンガーの安定感ある作品のアウトプットもこうしたR&Bの幅広い豊かさを支えているし、ケラーニジェネイ・アイコティナーシェケレラといったこれからこのジャンルのアイコン的地位を目指していこうという女性シンガーたちの動きも見逃せません。

 

 

 

欧米と同時進行するアジア・シーン

 

最後に忘れちゃいけないのはこうした状況に呼応するアジアのシーンです。特に先行していくつかのヒップホップ・アーティストがアメリカでも人気を獲得している韓国では、R&Bも同じように熱を帯びています。ブームバップっぽい90年代のスタンダードなビートから、ブライソン・ティラーのようなトラップとケイトラナダのようなバウンシーなビート感も併せ持ったDEAN(サイケデリックになった様はミゲルとも重なります)やCrushはその筆頭。そんな状況からは、アメリカのポップ・ミュージックとの距離を縮めてきたK-Popが、80年代以降のよりオーセンティックなR&Bミュージックの歴史と完全に交わった瞬間として、益々新しいことが生まれていきそうな息吹を感じずにはいられません。また、アッシャーやジェネイ・アイコをフィーチャーしたアルバム『Chapters』がビルボードやローリング・ストーンのベストR&Bアルバムの一枚に選ばれたマレーシアのシンガー、ユナの名前も挙げておきましょう。

 

ここまで振り返ってみたような、暗澹たる不安を抱えた社会へのレスポンスや、当然のようにジャンルや歴史を横断する冒険的なプロダクション、そして地域性の幅の広さなどあらゆる要素を考慮してみれば、いまの時代のR&B=黄金期という説にはもう疑問が無いでしょう。

 

次回は、年明けにあったリリース・ラッシュからケラーニの『SweetSexySavage』をピックアップし、R&Bアルバムとしてだけでなく、「ポップ・アルバム」として如何に優れているかを紐解いていきます。

[Album Review] Loyle Carner "Yesterday's Gone"

  • 2017.02.05 Sunday
  • 23:04

グライムもトラップもここにはない、

だが確かにアメリカのランドマークたちとも交錯している

 

 

 

空を見上げてごらん、陽の光が見えるでしょう。とても高くに。

闇にはさよならして、愛へおかえり。

 

目を覚まして暗闇が少しずつ消えていくのを見てごらん

夜明けの間寝て、朝になるとキミがやってくる

いま僕は美しい一日に捕まえられて、太陽はキミがそうしてからずっと輝いている

 

昨日は去ったよ

 

このアルバムを最後まで聴き終え、このシークレット・トラック「Yesterday’s Gone」 ―亡くなった最愛の継父が密かに録っていたオリジナル曲。それを聴いたロイル・カーナーが母親のコーラスを被せさせて出来た。「もう一度二人を一緒にさせるため」のアイディアだという。―  と出会ったとき、あなたの心は優しい愛でいっぱいにならずにはいられないだろう。

 

***

 

2016年にブラック・ライブス・マターともメインストリームのトラップとも直接的には交わらない場所から産み落とされた2つのレコードの輝きは年が明けても忘れられていない。フランク・オーシャンの『Blonde』とチャンス・ザ・ラッパーの『Coloring Book』だ。前者は、自分自身と徹底的に向き合いながらパーソナルな葛藤を素直に曝け出し ―その葛藤は4年前のそれよりもずっと複雑になりながらも―、後者は家族や周囲のコミュニティと向き合い続けながら愛や喜びを見出し、それらをポップ・ミュージック史のあらゆる美しき断片と結びつけながらアウトプットした。この2つのレコードに大いに感動したあなたが次に手にすべきは、海を隔てた英国から届けられたこのロイル・カーナーの『Yesterday’s Gone』だ。名のあるコラボレーターは登場せず、あくまで彼の身近な仲間との共作。音楽的な参照点も良い意味で統一されているため、前述の2作ほどのダイナミックさはない。だが、ここにはオープンで、素直で、エモーショナルで、悲しみで溢れながらも同時に、愛や喜びで満ち溢れたポジティブさもまた同居している。

 

***

 

確かにこの21歳の青年、ロイル・カーナーはラップ・ゲームには参加しちゃいないし、この作品自体はトレンドからはかなり距離を置いた場所から生まれた作品という認識で間違いないだろう。作品全体のベースは、トライブ・コールド・クエストやナズ、コモンといった90年代のアメリカのヒップホップ・アーティストのトラック直系の柔らかく、ジャジ―なビートで、時にブームバップの感覚も想起させる。

 

同じイギリス国内のシーンを見渡してみれば、ここ3年くらいは本格的にグライムが力を取り戻し、昨年はスケプタ『Konnichiwa』がマーキュリー賞を受賞し、カノーの『Made In The Manor』も合わせてノミネート(両者はブリット・アワードにもノミネートされている)、更にはストームジーやノヴェリストのような若手も台頭中だ。また、グライムでなくても、ヒップホップではクレプト&コーナン、セクション・ボーイズ、J・ハスなど個性豊かな才能が凌ぎを削りつつある。ただ、そのグライム・UKヒップホップも、カニエのフックアップ、ドレイクやA$AP Mobらとの共演を通し、いまや上手くUSのトラップのビートのスタイルを取り込みながら発展をしているし、UKヒップホップ旧来のジャマイカ、アフリカ由来のある独特のサウンドは、いまやダンスホール、リディムといった世界的なメインストリームの流行とあまり境界の見えづらいものになっており、段々と「UKっぽいもの」ではなくなってきている。こんな状況に思いを巡らしてみた時には、グライムの肌触りが無く、トラップとの交錯やアフロ・ビート的なモノへの畏敬もサウンドから汲み取れないこのレコードこそがいま最もわかりやすくUK的なラップかもしれない。

 

ただ、注目すべきはこの心地よいビートや、英国の曇り空を思わせる内省的な雰囲気だけでない。リリックはとことん正直に曝け出され、そのテーマやトーンは彼のアメリカで生まれたあの2つのレコードとも並べたくなるものであり、普遍的でもあるのだ。

 

***

 

『Yesterday’s Gone』発表よりだいぶ前に世に放たれ、本作には収録されることのなかった2つの作品がわかりやすく彼を表していた。2014年に発表された「BFG」と「Tierney Terrace」の2曲だ。そして、このアルバムを読み進めていくと、本作はそうした初期の作品の延長上にあることがわかる。

 

彼にラップ・キャリアを邁進させたのは継父の死だ。2014年の「BFG」では「Everybody says I’m fuckin’ sad/ Of course I’m fuckin’ sad, I miss my fuckin’ dad」とあまりに生々しかった。だが、本作では、オープニングの「The Isle of Arran」からその継父だけでなく、幼いころに自分と疎遠になった父親、そしてこの曲のタイトルにも繋がる祖父とのアラン島での思い出についても、同じく幼いころに父が失踪している境遇まで同じ、アメリカのストーリーテラー、J. Coleのようなトーンを駆使しながら歌われる。

 

 

Uh, uh, look

Uh, no, I don't believe him

Uh, but know that I've been grieving

Know that I've been holding out, hoping to receive him

I've been holding out for G but he was nowhere to be seen when I was bleeding

 

恐れることなく悲しみを表明するカーナーに、バックからゴスペル・クワイアが「The Lord will make a way / And when I get in trouble」と光への入り口を授けようとする。カーナーのトーンと比べてみれば、このギャップを以てしてこのクワイアの歌声は皮肉にも感じられてしまうほどだ。他にもがんと闘った友人の母親を扱った「Mrs. C」、リレーションシップにおける「失うこと」を扱った「Damselfly」、どれもが赤裸々で、素直に綴られている。

 

 

遅くまで働きに出ていた母親に代わって面倒を見てくれたおじいちゃんとの記憶。理由もわからず幼少期に自分の下を離れていった父親。その父に代わって、自分のロールモデルとなろうとした最愛の継父の死。難読症やADHDを患った少年期。そう、彼のラップをモチベートするのは、二度と手にすることの出来ないものを失った悲しみや、闘わなければならなかった苦悩。メディテーションのようなスロウで優しいビートに乗せられ、低いトーンでそれらの言葉は吐き出される。それはさながら、か細い声で届けどころのない自らの愛を歌うフランク・オーシャンのようであり、フランクにそのような表現を可能にさせるプラットフォームを築いた『808s & Heartbreak』でのカニエ・ウエストよろしく、カーナーはパーソナルであり過ぎること、エモーショナルであり過ぎることを恐れはしない。

 

 

ここまで書くとこのアルバムが悲しみでいっぱいの作品のように読めてしまうかもしれない。だが、カーナーがそんな人生の中で身に付けたものは深い慈愛だ。失ったものに浸っているだけではいけない。他にもカーナーには支えねばならない大切な家族がいる。継父を失った直後に書かれたもう一つの楽曲、「Tierney Terrace」では若くして家族を背負わなければならなくなった時の葛藤が綴られていた。母・ジーン、弟のライアン、そしてブラック・プードルのリンゴをそのまま出演させたミュージック・ビデオは継父の穴を埋めようとした彼の努力の形としての愛が巧みに表現されていた。同様に彼はこの『Yesterday’s Gone』において、時にごく普通のユースとしてパーソナルでありながら、時に家族を支える優しく勇敢な青年にもなる。多くの楽曲にはその優しい愛が同居しているのだ。

 

 

「Florence」は持つことの出来なかった架空の妹に対しての愛の歌だ。「俺と同じようなそばかすがあって、でも背は低くて / ソファーで寝てる俺に彼女がタックルしてきたら、くすぐり返すんだ…」と始まり、「パンケーキを作ってあげる」(ミュージック・ビデオでもカーナーはパンケーキを作っている)約束もしている。彼女が「空には終わりがある」と言っても「二人なら何もリミットはない。空も果てしなく見える」とまで語って見せる、甘い優しさいっぱいの歌だ。ここでの妹への愛は、娘を愛する父のようだし、作中での母とのやり取り(「Swear」では二人の会話がそのまま収められた)も含めて実際凄くヒップホップ的な愛の形である。だが、繰り返すように、そのメディテーションのようなスロウで優しいビートだからこそ、彼の優しさはより特別なものに聴こえて仕方ない。

 

 

ロイル・カーナーの優しさは彼の音楽以外の課外活動―ADHDの子供たちへの支援としての料理教室―という取り組みにも現れていた。そして特筆すべきはNoiseyのインタビューでADHDであることについて、「ネガティブなことではない。これはむしろSuper Powerだ」と語っていたこと。彼の優しさには、ポジティブさが隠れており、それは作中でもプライベートでも一貫しているのだ。

 

 

 

『Yesterday’s Gone』で味わうことの出来るカーナーの優しさは、「Cocoa Butter Kisses」や「Sunday Candy」で顕著なように、過去の出来事や甘い思い出を、愛と喜びで表現するチャンス・ザ・ラッパーと、その「優しさ」の密度においては決して大きく変わりがないだろう。

 

 

本作は勿論単にパーソナルなだけでなく、個人が味わう体験でありながらもより普遍的なトピックも忘れない。学生ローンが懐かしい「Ain’t Nothing Changed」、自身のミュージック・ライフをネタにした「No CD」。喜びや悲しみの形は人それぞれあれど、結局のところ本作は誰でも馴染めるようなトピックも秀逸だ。

 

 

***

 

この、マチズモは捨てられ決してボースティングすることもない、内省的な吐き捨てるようなフロウの傾向は、ルーツ・マヌーヴァマイク・スキナー(The Streets)といったUKラップの伝統的な歴史の系譜にも重なるだろう。ルーツ・マヌーヴァのセカンド・アルバムがアークティック・モンキーズのファースト・アルバムのレコーディング時にメンバーに最も聴かれ、マイク・スキナーはそのアークティック・モンキーズのアレックス・ターナー同様、00年代のUKの最高のリリシストであったことを思い出せば(そして、こうした時代だったからこそ他にもゴリラズジェイミー・Tなどの作品がこの国から生まれた)、このグライムやUKラップからは距離を持つ『Yesterday’s Gone』もまた、もしかしたら停滞するインディ・ロック青年たちに新たな突破口を与えるかもしれない。カーナーの声自体は強くなくとも、この作品が英国の音楽シーンに思わぬ大きな息吹を与えるだろう。だが、それは残酷なことに2016年のインディ・ロック・シーンを思い出してみても、年明けに発表されたSundara Karmaの『Youth Is Only Ever Fun In Retrospect』を聴いてみても、ちょっと期待しすぎに思えるかもしれない。

 

しかし、そんなことよりもこのパーソナルでありながらも普遍的な表現はもっと大きいスケールで共有される可能性を持っている。幅を広げれば、2016年はカニエ・ウエストビヨンセも再び家族や自分の実生活と向き合った。『Yesterday’s Gone』は、素直で、パーソナルでありながら、悲しみとポジティブな愛が同居することによって、不穏な社会情勢に皆が不安を抱える2017年にどこかでリンクし合う。この作品はUKラップの表現の幅を一気に広め、グライムやトラップと寄り添う現行UKラップとはまた違った形でアメリカとも繋がった。これは昨年のポップ・ミュージックの2つの賜物、フランク・オーシャンやチャンス・ザ・ラッパーのアルバムとも交錯するユニバーサルな表現なのだ。

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