グライムの新たなキング、ストームジーのデビュー作『Gang Signs & Prayers』を楽しむ4つのポイント

  • 2017.02.25 Saturday
  • 16:37

 

SpotifyやApple Musicのようなストリーミング・サービスを駆使しながら、毎週末新作アルバムをオン・タイムでダウンロードして聴いて…という生活をしている方には、今週も大忙しとなりそうです。ダーティ・プロジェクターズに始まり、サンダーキャット、そしてフューチャーの二週連続リリースと今週も注目作のリリース・ラッシュ。「どれから聴いたらよいのやら...」と悩んでしまう方もいるかもしれませんが、当ブログが熱を持ってお薦めしたいのは、イギリスからグライムの新たなキング、ストームジーによる待望のデビュー・アルバム『Gang Signs & Prayers』です。このアルバムを外して今週のリリース・ラッシュを楽しみ切れたとはいえません。


では、何故このストームジーのアルバム『Gang Signs & Prayers』がそれほど注目すべきアルバムなのか。まず、当ブログでも2015年12月に大々的にお伝えした通り、グライムはここ数年ルーツに立ち返りながら復活を遂げ、また同時に2010年以降のベース・ミュージックやトラップのうねりも受けながら新たな進化も見せました。

 

>>The New Wave of GRIME 〜グライム/UKヒップホップで2015年起きたことと台頭する新世代のMCを知る

 

中でもストームジーはその流れを象徴する存在です。イギリスのブラック・ミュージックの祭典、MOBO Awardで2014年と2015年に二年連続でベスト・グライム・アクトを受賞したほか、2015年にはその年期待の新人がリスト化されたBBC Sound ofで3位に選出。つい先日はベスト・ブレークスルー・アクトにノミネートされたBrit Awardでエド・シーランと共にパフォーマンスもしました。こうした実績を並べただけでも、彼が2000年代のグライム・シーンの首領 ―ワイリー、ディジー・ラスカルら― に代わる新たなキングと称されている理由がわかっていただけるのではないでしょうか。

 

 

イギリスではグライム/ヒップホップといえば昨年はスケプタがマーキュリー賞を受賞したり、他にもカノーギグスらベテランMCが揃って新作アルバムをチャート・トップ10に運びました。しかし、2010年台に登場した新世代MCの本格的なアルバム・ショーケースは、ストームジーのこの『Gang Signs & Prayer』が初めてなのです。新世代のグライム・キング、ストームジーがアルバムによってその力を示す瞬間は、グライムが再び息を吹き返してからのここ3年間ずっと待たれていた瞬間なのです。そんなわけでこのアルバムは、イギリスのポップ・ミュージック界で最も待望されていたアルバムと言っても過言ではありません。

 

といっても、今日の今日までグライムという音楽もストームジーというアーティストもあまり聴いていなかった、そんな人も少なくはないはず。

そこで今回は、このストームジーのアルバム『Gang Signs & Prayers』を楽しむためのポイントを4つに分けて紹介してみます。

 

 

1. グライムの新たなキングを通して

    "グライムとは何か"を知る

 

「そもそもグライムってどんな音楽かわからないし…」そんな人もこのアルバムを聴けば万事解決です。なぜなら、ストームジー自身が誰よりもグライムとは何かを示してきたMCだから。

 

『Gang Signs & Prayer』の2曲目、「Cold」には次のようなラインがあります。

 

― I just went to the park with my friends, and I charted ―

 

「友達と公園に行っただけ、それでチャート・インした」これは紛れもなくストームジーの2015年のシングル「Shut Up」のことを述べています。

 

 

この曲でストームジーはDJ XTCによるオールド・スクールなグライム・ビート、「Function On The Low」の上でハードなフリースタイル・ラップを披露。この一曲によって00年前後に作られたグライムの音楽スタイルが丸わかりです。この曲はリリース後数か月かけてフリースタイル・ラップの史上初の快挙となる全英シングル・チャート、トップ10入りを果たし、ストームジーのブレイクに一躍買いました。

 

 

もう一つこの曲で注目すべきは、友達と近所の公園で撮影しただけという非常に安上がりな作りのミュージック・ビデオです。総じてストームジーはこの「Shut Up」で、"既存のビートの上で即興ラップをした映像をインターネットにのっけただけ、その曲でスターになった" ということになるのです。これはまさしくグライムのDIYなアティチュードを体現しております。

 

『Gang Signs & Praers』では、この「Shut Up」も15曲目に収録されていますし、他にも「Cold」「Big For Your Boots」などでBPM140のハードなビートに高速ラップを乗せるという、グライムの典型的な音楽スタイルを堪能することが出来ます。

 

 

 

2. リリックを通して

    ロンドンのユースを知る

 

グライムはその当初からその発信地であるロンドンのストリート ―治安の悪いエリアや貧困層の多いエリア、移民の多いエリアなど― のメインストリームのポップでは語られない側面を中心に、若者の生活のリアルが描かれてきました。もちろんグライムの新たなキングと呼ばれるだけあって、ストームジーのリリックも興味深い。ただ彼の場合、「毎日が危険と隣り合わせでハード」、あるいは「現状の生活に対する不満」を吐くコンシャスな内容というよりは、毎日の生活の楽しみやスターMCとしての自分についてユーモアを込めて語ったものが多いイメージがあります。

 

全く聞いたことのない固有名詞が出てきたり、痛烈な皮肉があったりと、ギャングスタ・ラップのようなハードなものや、ドレイクのような女々しいもの、リル・ヨッティのような子供へと退化したものともまた違った、イギリスだから、ストームジーだからこそ聴けるリリックがここにはあります。

 

 

― Peng tings on my WhatsApp and my iPhone too ー

 

こちらは2015年のシングル「Know Me From」のヴァースです。冒頭から「Peng tings?」、「は?」と思ってしまいますが、「Peng Ting」とはイギリスで一部の若者が魅力的な女性に対して使う言葉らしく、このラインでは「魅力的な女の子たちがたくさんメッセージ送ってくるぜ」と言いたいようです。(こちらのビデオではこの曲へのファンからのリアクションに応えています)

 

 

― Ask that Morley’s man for more chips ―

 

こちらは「Wickedskengman Pt.4」から。「Morley」とはサウス・ロンドンにいくつかあるファスト・フード店でストームジーがよく訪れるお店らしいです。ストームジーは「ドラッグをやらない代わりに、Morley’sに行って£2のチップス(フライド・ポテト)を食べるぜ」とNoiseyのインタビューで語っていました。

 

この『Gang Sign & Prayers』でもGeniusでリリックを読みながら、イギリスのユースについて深くリアルに知ってみる、そんな楽しみ方も出来るのではないでしょうか。

 

 

 

3. ストームジーの新たな一面を知る

 

"グライムもストームジーもよく知っている" という人にもこの『Gang Sign & Prayers』にはたくさんの新しい発見があるはずです。ストームジーといえばグライム特有のハードなビートに、荒い息をそのまんま吐き捨てるような生々しいラップという典型的なグライムMCのイメージでしたが、このアルバムを聴いてくとサウンドのスタイルもMCとしてのスタイルも彼が今まで見せていなかった面が見えてきます。特に驚かされたのは甘いバラードやR&Bっぽいスムースなトラックの曲があること。単純に本作の客演陣にケラー二やラレイ・リッチーといったR&Bシーンの名前が見えた時点で、そういったエッセンスが加わること自体は予想できたものの、実際に聴いてみるとその大胆さに驚かされます。

 

例えば「Blinded by Your Grace」は優しいオルガンがベースになっていてゴスペルの影響を強く感じます。しかも注目すべきは「Through the darkness you came / And I’ll be alright with you by my side」という優しげなラインがあること。

 

また、90s R&Bテーストな「Cigaretts & Cush」はコーラスにリリー・アレン、ヴァースにケラーニを招聘することで一気に甘いスロウ・ジャムに。

 

これらを筆頭に他にもNAOのボーカルをサンプリングした「Velvet / Jenny Francis」、"天国にいるような気分にさせたかった" という「21 Gun Salute」、大好きな母に捧げたエモーショナルな「100 Bags」ラレイ・リッチ―がソウルフルに歌う「Don’t Cry For Me」など、グライム的なハードな楽曲だけではない、ストームジーの新たな一面を楽しむことが出来ます。

 

コレは単にアルバムという16曲/59分の大きなフォーマットを使って、ストームジーがこれまで試してみたかった色々が形になった結果と考えるのが自然でしょうが、痛みや憂鬱、優しさとなど、グライムがこれまで積極的に扱ってこなかったトピックを扱ったという意味では、このアルバムは一つの革新的な作品になるかもしれません。

 

 

4. 『Gang Signs & Prayers』を通して

 UKブラック・ミュージックのいまを知る

 

『Gang Signs & Prayers』には多数イギリスのヒップホップ/グライムMCやR&Bシンガーが参加しています。このアルバムを入口に、北米に負けじと力を見せつつあるイギリスのブラック・ミュージック・シーンのいまを知るのも、一つの楽しみ方でしょう。

 

まずストームジーと同じヒップホップ/グライム・シーンからは全英1位のシングルも持つスター、レッチ32(「21 Gun Salute」)、2003年から活動しているベテラン・グライムMCのゲッツや、アフロビートやレゲエの要素を取り込んだ若手ラッパー、J・ハス(「Bad Boys」)が参加しています。

 

 

 

そして、R&Bやソウルのシーンからは、ザラ・ラーソンとの「Never Forget You」が全英第5位の大ヒットを記録し、プロデューサーとしての腕もあるMNEK(「Blinded by Your Grace, Pt. 2」、あの「ゲーム・オブ・スローンズ」にグレイ・ワーム役として出演するなど俳優としてのキャリアもあるR&B/ソウル・シンガーのラレイ・リッチ―(「Don't Cry For Me」)が参加しています。

 

 

 

他にもトラックを担当したプロデューサーには、Sir Spyro(「Big For Your Boots」)、Swifta Beater(「Cold」)といったグライム・シーンではお馴染みの名前があるほかに、ロンドンのラップ・デュオ、クレプト&コーナンのプロデュースで知られるトラップ・プロデューサー、EY Beats、アデルやサム・スミスのグラミー受賞作のフレイザー・T・スミス(「Bad Boys」)、近年ダンス・ミュージックのシーンでメキメキと頭角を現しているムラ・マサ(「First Things First」)の名前にも注目です。

 

 

グライムのルーツを維持しながらも、ところどころで甘いR&Bや優しいバラードなど新たな一面も見せるこの『Gang Signs & Prayers』は、ストームジーのポテンシャルが存分に発揮された、2017年のイギリスのブラック・ミュージック・シーン最大の収穫物の一つとなるでしょう。この4つのポイントをカギにしてみれば、きっとあなたもこのアルバムを楽しめるはずです。

ケラーニ『SweetSexySavage』が最高のポップ・アルバムである5つの理由

  • 2017.02.18 Saturday
  • 18:25

 

前回の記事でも述べた通り、現在のポップ・ミュージック・シーンにおいてR&Bミュージックはその黄金期真っ只中です。

 

新たな黄金期にあるR&Bのいま

 

そして、年が明けてからの最大のビッグ・リリースはケラーニの全米アルバム・チャート初登場3位を記録したアルバム、『SweetSexySavage』で間違いないでしょう。

 

このアルバムはR&Bアルバムとして優れているだけでなく、シーンの新たなアイコンによる、ウェルメイドなポップ・ソングが並べられた「2017年最も重要なポップ・アルバム」にもなりそうなのです。その重要度で言えば、2014年のテイラー・スイフト『1989』や2015年のカーリー・レイ・ジェプソン『E・MO・TION』とも並べたくなるほど。今回はその、オークランドを拠点とするシンガー、ケラーニこと、ケラーニ・パリッシュの正式なデビュー・アルバムとなる『SweetSexySavage』が最高のポップ・アルバムである5つの理由を語ってみたいと思います。

 

 

1. ケラーニはネクスト・レベルへ達した

    新世代フィメール・アイコンだから

 

本稿で扱うケラーニが先日リリースしたアルバム、『SweetSexySavage』は全米アルバム・チャート初登場3位の好発進を記録し、彼女は一気にR&Bシーンの新たなクイーンへと軽々躍り出ましたが、この成功の裏にはポップ・アーティストとして真っ当な間隔でその歩を進めてきた背景があります。そして、それは周囲の新進R&Bシンガーが簡単に成し得られていないことでもあります。

 

そもそもケラーニは、オーディション番組「America’s Got Talent」に出場したPoplyfeというバンドのシンガーだったという経歴はあるものの、ソロ・シンガーとしてのブレイクのきっかけは、『Could 19』とグラミー賞のアーバン・コンテンポラリー部門へのノミネートも果たした『You Should Be Here』という二つのミックステープです。ここを起点にその後の流れを追いかけてみると、これら二つの作品のリリースが順に2014年と2015年。そして、本格的に彼女が大衆の前で日の目を浴びることとなる、サイケデリックなトラップ・ビートの上でギャングへの愛を歌った「Gangsta」での映画『スーサイド・スクワッド』サントラへの参加が2016年。正式デビュー・アルバム『SweetSexySavage』のリリースが2017年明け。つまり、彼女はシーンに登場して以来一年ごとに着実なステップを踏んできたということがわかります。

 

ミックステープ『You Should Be Here』のタイトル・トラック

 

実はケラーニと同時期にブレイクの鍵を掴みかけたシンガーは他にも何人かいます。しかし、彼女たちはケラーニに比べればその後の決定的な一打が中々掴めていない様子。例えば、DJマスタードのビートの上でScHoolboy Qと共演したスマッシュ・ヒットと「2 On」、それを収録したアルバム『Aquarious』でブレイクしたティナーシェは、来日も果たすはずだった「Joyrideツアー」が制作に専念するため打ち切られ、更にその当の新作『Nightride』は全米89位止まり。また、2013年にミックステープ『Cut 4 Me』でブレイクしたケレラは、引き続きアルカらアンダーグラウンドのプロデューサーとタッグを組むことで自身の神秘的な持ち味をキープしたままだし、ケンドリック・ラマーら所属のTDEで唯一の女性アーティストとして2013年のレーベル契約以来ずっと注目され続けてきたシザー(SZA)はデビュー・アルバムのリリースが2017年まで約4年かかってしまいました。

 

ティナーシェ「2 On feat. ScHoolboy Q」

 

こうしたアーティストたちの現況を見てみれば、ケラーニが一度シーンの注目の目を惹いてからいまのポジションに達するまでのステップの踏み方は百点満点と言いたいほどにお見事と言えますし、この『SweetSexySavage』によって彼女は正真正銘、現在のR&Bシーンの中でネクスト・レベルに達したアーティストになったということがわかっていただけるでしょう。

 

ケラーニ「Gangsta」

 

 

 

2. “SweetSexySavage” こそが

    ケラーニ・パリッシュという人物だから

 

前項でケラーニはいまのR&Bクイーンの地位に「軽々」到達したと書きました。ただ、勿論彼女が苦労していないなんて言うつもりはありません。プライベートでも昨年は自殺未遂なんてこともありましたしね。彼女はいまの名声を得るまでの間、多忙な日々をこなす強いメンタリティがある一方で、勿論プライベートでは繊細さがあったり、恋愛においてのセクシーさあったりと、様々な面を持っている一人の女性であり、一人の人間なのです。そして、それは本作のリリックに現れており、まさしくそれが本作のタイトル、『SweetSexySavage』を体現しています。

 

ケラーニ「Advice」

 

例えば作中には、恋愛における彼女の傷つきやすさを正直に述べた「Keep On」や「Escape」、「Advice」といったスウィートな楽曲があり、一夜限りの関係を匂わせる「Distraction」があり、打たれ強さを見せる「CRZY」や「Do U Dirty」、「Personal」もあります。つまり、このアルバムにおいて彼女は、そのタイトルの通り「私はスウィートにも、セクシーにも、サヴェージにもなれる人間だ」と宣言しているのです。更に、実際に語られているストーリーや感情は普遍的なものが多く、それらは多くの若者が成長過程で経験するようなものとも言えるのではないでしょうか。

 

ケラーニ「Distraction」

 

ケラーニ「Do U Dirty」

 

アーティストとして、女性として、一人の人間として、彼女の持つ「Sweet」、「Sexy」、「Savage」という様々な面を臆面なく正直に述べた本作のリリックは、彼女の魅力をより引き立たせます。

 

 

 

 3. 「Undercover」は

     2017年最高のポップ・ソングだから

ケラーニ「Undercover」

 

まだ2017年も2ヶ月しか経過しておりませんが、これだけは断言したいです。この『SweetSexySavage』に収められた一曲、「Undercover」は2017年最高のポップ・ソングです。BPM145の軽快なビートに乗ったこの曲は、この素晴らしいポップ・アルバムの中でも飛びぬけてキャッチーな一曲。では、何故この曲がポップ・ソングとしても最高なのか。それはこの曲が優れたポップ・ソングの方程式に乗っ取っているからです。私なりの優れたポップ・ソングの方程式の解は、「.轡鵐ロングできるようなキャッチーなフックやメロディ・ラインを持つこと、普遍的なテーマを扱ったリリック、2甬遒里手本からの大胆な引用」の3本です。他にもう一つあるとするなら、「象徴的なリフレインの繰り返し、つまりループ/円環を持った楽曲構造」でしょうか。

 

ではそれが「Undercover」ではどうなのか。まず,亙兇譴發覆メロディ・ラインがキャッチーですし、「One way or another〜」で始まるコーラスではビートが無くなったところに、同じフレーズがスムースに繰り返され強いフックになっていますし、△麓分と恋人との関係を認めようとしない周囲へ “Fuck it!”と宣言するようなテーマからして、十分にユニバーサルなトピックの形を取っていますし、それによって、昨日までケラーニと何の繋がりもなかった他者にさえ語りかける可能性をしっかり持っています。

 

で、ここで肝心なのはです。これについては「Undercover」がどんなパフォーマンスを取っているかに移る前に、この解について2015年と2016年のそれぞれのメガヒットで例えてみましょう。

 

まず2015年のマーク・ロンソン&ブルーノ・マーズによる「Uptown Funk」(リリースは2014年末)が80年代のミネアポリス・サウンドのファンク・グル―ヴをそのまんま持ち込んでいたのはわかりやすいでしょう(ポップ・ミュージック史上最も不名誉な「Blurred Lines」訴訟の影響によってザ・ギャップ・バンドのメンバーが後からクレジットされることになったことは忘れてないけど)。

 

続いて昨年全米12週連続1位を記録したチェインスモーカーズの「Closer」。こちらは00年代に職人芸のようにアダルト・ポップの特大ヒットを生み出したバンド、ザ・フレイの感傷的なメロディをなぞっています(こちらも後からフレイのメンバーの名前が「Closer」のクレジットに載りました)。

 

ここからわかるのは、広く大衆に受け入れられる大文字のポップ・ソングの多くは、その時々のトレンド(ここではEDM的な構造とプロダクション)をベースにしながらも、過去のお手本を研究して何かしら盗んで来ているということ。時代を彩るポップ・ソングほど元ネタのようなものの力に助けられているし、だからこそタイムレスな輝きを放っているのです。そして、そうした大胆な引用の連続によってこそポップ・ミュージックの未来が作られるのでしょう。だからこそ、「ポップ・ソング」というのはダイナミックな表現方法でもあります。勿論、リアーナの「SOS」「Don’t Stop The Music」、ビヨンセとジェイZの「Crazy in Love」、ブリトニー・スピアーズの「Toxic」、M.I.A.の「Paper Planes」といった楽曲も一緒です(こちらでくわしく)。

 

だいぶ脱線してしまいましたが、の解についてケラーニの「Undercover」の場合は、ヴァースからエイコンの2007年のヒット「Don’t Matter」を、メロディは少しばかりトラックに合わせて歌いやすいよう変えているものの、リリックは「Nobody wanna see us together / But it don't matter no / 'Cause I got you babe babe」というラインをそのまま引用しています。この引用が行われたのも両者のリリックのテーマがほとんど同じだからではあるものの、当時ゲイ・アンセムとしてもウケていたレゲエ調のこの曲を持ち込むことで、聴き手の想像力がより拡がるとともに、過去のポップ・クラシックがケラーニを通してアップデートされています。

 

 

こうした引用がなされるのもケラーニの熱心なポップへの探究心があってこそ。2015年のThe Faderのインタビューで彼女の口からこんなことが語られていました。

 

「ソングライターとしてメロディやフック、タイミング、パターン、ワードプレイをブレイクダウンしている。マックス・マーティンで勉強しているの。」―

 

大文字のポップ・ソングの方程式の解き方をなぞった「Undercover」は間違いなく2017年最高のポップ・ソングであります。ただ、特にの「引用」については、この曲はアルバム中のあくまで一つの例に過ぎません。次のパートでより深く語ってみましょう。

 

 

 

4. R&Bの歴史を横断する

    ダイナミックなアルバムだから

 

ケラーニがミックステープで頭角を現した新世代R&Bアイコンであること、例えば2曲目の「Keep On」がイギリスのNAOを思わせるファンク・トラックであること、そして当然のように現行ポップ・ソングのスタンダード=トラップのビートが鳴っていることからして、自然と本作はモダンなプロダクションのR&Bアルバムであると錯覚してしまうかもしれません。ただ、タイトルの『SweetSexySavage』が1994年のTLCのブレイク作『CrazySexySoul』からの引用であるように、本作はあらゆるところにR&Bの歴史の断片が散りばめられている、ダイナミックな作品であることも忘れちゃいけません。

 

まず分かりやすい例を挙げるなら、ボーイ・バンド、ニュー・エディションの1988年「If It Isn’t Love」のコーラスを冒頭に乗っけた「In My Feelings」や90年代後半のR&Bアイコン、アリーヤをサンプリングした「Personal」があります。

 

 

 

他にも「Too Much」のリズム・ワークはティンバランド印の、細かく刻まれながら揺らつくあのドラム・ビートを思い出させますし、「Personal」でラップしながら歌う姿は、そのティンバランドのプロダクションとのタッグでお馴染みミッシー・エリオットの姿を思わせます。

 

 

つまり、本作からは至る所に90年代中ごろから00年代初めにかけての「 "R&B" が "ポップ" の同義語であった時代」のエッセンスが感じられるのです。コンテンポラリーR&Bミュージックの歴史をなぞり、前述のモダンなプロダクションを駆使してアップデートすることによって、このアルバムはタイムレスな輝きを放つとともに、あらゆる世代に引っ掛かり得るようなポテンシャルも持ち得ているといえます。

 

 

 

5. 『1989』、『E・MO・TION』と並ぶ

    最強のポップ・アルバムだから

 

ここまで語ってきたところをまとめると、この『SweetSexySavage』は主にプロダクションの面でのコンテンポラリーR&Bミュージックの歴史のアップデートを、大胆にもポップ・ソングの形式を取りながら成し遂げているということになりそうです。そして、その “ポップ・ソング” は本作の17曲(冒頭はポエトリー・リーディングの形式)全てに対して言えることであり、こうして全編が上質なポップ・ソングで溢れているからこそ、17曲/58分という長さでありながら、リスナーを簡単に疲れさせないのもこの作品の強さです。

 

こうした強度を持ったアルバムを2010年代のポップの歴史で思い出してみれば、テイラー・スイフトの『1989』、カーリー・レイ・ジェプセンの『E・MO・TION』が直ぐに浮かんできます。

 

テイラー・スイフト『1989』収録の「Shake It Off」

 

カーリー・レイ・ジェプセン『E・MO・TION』収録の「Run Away With Me」

 

どちらも主にそれぞれの恋愛体験を独特の語り口で述べながら、それぞれエレポップや80年代のネオンな輝きを持つポップ・ミュージックたちを、最先鋭のライター/プロデューサーたちの力を借りながら最高品質でアップデートしていました。更に付け加えるなら、客演アーティストの力をほとんど借りずに自らを主役に引立てアルバムを完成させたという意味でもこの2枚は、『SweetSexySavage』の横に並べたいアルバムです。

 

2017年に産み落とされたケラーニの『SweetSexySavage』は、こうしたポップのクラシックとも肩を並べることが出来る、最高のポップ・アルバムなのです。是非2017年のあなたのサウンドトラックにしてみては如何でしょうか。

 

アルバムのリード曲ともいえる「CRZY」

  

新たな黄金期にあるR&Bのいま

  • 2017.02.12 Sunday
  • 22:20

「いまR&Bは黄金期にある。2016年はその最も強力な一年だった。」―とは昨年末のガーディアンの記事の見出しです。どうでしょうか。確かに昨今のポップ・ミュージックを牽引しているように見えるジャンルは、ケンドリック・ラマー、チャンス・ザ・ラッパー、ドレイク、ミーゴスらがストリーミングが反映されて以降のチャートやフェス、アワードなど様々な場所で王座に居座り、ここ日本でも空前のブームとなっているとおりラップ・ミュージック/ヒップホップかもしれません。ただ、もちろんヒップホップというジャンルは特に90年代以降あらゆる意味でR&Bというジャンルとも共にあったはず。ともすれば、ヒップホップに連動するかのようにR&Bというジャンルのいまも面白い状況にあるはず、と考えるのも無理はないはずです。いまやヒップホップもR&Bも、例えばマイク・ウィル・メイドDJマスタードメトロ・ブーミンのような同じプロデューサーがトラックを作るのが当たり前になっていることからもわかるように、この二つのジャンルが地続きで繋がっている様は、これまで以上に鮮明になっています。そして何より、2015年のベスト・アルバムの定番がケンドリック・ラマー『To Pmip A Butterfly』だったのに対し、2016年のそれはビヨンセ『Lemonade』、ソランジュ『A Seat at the Table』、フランク・オーシャン『Blonde』でありました。

 

実際、いまのR&Bに目を移してみれば、サウンド、リリックなどその表現の幅広さ、世界各地から新顔が群雄割拠する様からして、一般的に語られるところの黄金期=90年代に匹敵するどころか、それ以上の面白い時代に突入しているように思えます。総じて、ガーディアンの記事タイトルは大袈裟でもなく、2016年のポップ・ミュージックの最も重要なテーマの一つを的確にとらえたものだったのだ、ということです。

 

今回は数回の記事に分けながら、R&Bシーンの現況を確認していきながら、年明けにあったリリース・ラッシュや今年活躍が期待されるブライテスト・ホープをピックアップし、引き続き黄金期といえる状態が続くと思われるR&Bミュージックの2017年について展望していきます。

 

 

 ブラック・ライブス・マターへの共鳴、

表現の壁を取っ払ったトップ・アイコンたち...

 

ディアンジェロ、ケンドリック・ラマー、コモン…。ここ3年ほど、ヒップホップ界からはアメリカでの警察官からアフロ・アメリカンなどマイノリティへの暴力行為への一連の抗議運動=ブラック・ライブス・マター・ムーブメントへのレスポンスが盛んに作品に反映されましたが、2016年はその声が、そうした動きが、ヒップホップだけでなく、R&Bミュージックからもより多く見られた一年でした。

 

ビヨンセ『Lemonade』アリシア・キーズは勿論のこと、嘆き、悲しみに同調するメディテーションとしてビヨンセとは対照的な方法を取ったソランジュ『A Seat at the Table』や、ブルース・スプリングスティーン「Born in the USA」へのアンサー・ソングでありながらも、アメリカ社会が動いた歴史的シーンを切り取ったMV、「Breathe out, breathe in」というリリックの繰り返しによりエリック・ガーナ―の窒息事件にコメントした「American Oxygen」のリアーナ(この曲のリリースは2015年)はその筆頭ともいえます。

 

そして、これらの作品の多くは、ケンドリック・ラマーらがそうであったようにそのサウンド・プロダクションもまた素晴らしかったことで2016年を代表する一枚となりました。特にビヨンセ、リアーナといったこれまでアメリカのメインストリーム・ポップスのセンターにいたクイーンたちの冒険的なサウンド・アプローチは、彼女たちにとってのこれまでの表現の壁を取っ払い、シーンのトップ自らがポップやR&Bの新たなお手本を提示する形となりました。だからこそ、「2016年はインディやアンダーグラウンドよりも、ポップ音楽そのものが一番面白かった」ということが言えます。もちろんビートを極限まで排した挑戦的なプロダクションによってR&Bミュージックの常識を覆してしまったフランク・オーシャン『Blonde』も忘れてはいけない。

 

 

ドレイク、ザ・ウィーケンド以降の新たな表現が花開いた

 

そもそもR&Bミュージックが新たな革新的な動きを見せたのは2000年代の終わりごろから〜2010年代の初めにかけて。そして、中でもこの期間に登場したドレイクザ・ウィーケンドという2人のアーティストの影響力はご存じのとおり。前者は歌とラップの境界を曖昧にし、また独特の女々しくも優しいリリックによって、後者はポーティスヘッドやスージー・アンド・ザ・バンシーズをサンプリングするようなそれまでのR&Bミュージックからは想像もつかない圧倒的なダウナーなムードを駆使しながら、R&Bの新たな表現の時代を宣言しました。私もそれまでR&Bミュージックというと何か、「同一のフォーマットの上で似たような表現が繰り返されている」といった偏見を抱えがちでしたが、この2人の登場によって、その偏見は簡単に崩れ落ちていきました。

 

それ以降、主にドレイクのレーベル=OVO Sound周辺を中心にこの2人の空気感を共有するシンガー・プロデューサーが多数登場しましたが、特にマジッド・ジョーダンdvsn(ディヴィジョン)のデビュー・アルバムの発表を筆頭に彼らのフォロワーの存在感が目立つ昨今の状況からは、ドレイク、ザ・ウィーケンド以降が築いた新たなR&Bフォーマットが完全に実を結んでいるとういことが言えましょう。

 

 

アンダーソン・パック、チャイルディッシュ・ガンビーノ...

シーンにいる無数の才能たち...

 

もちろん、R&Bで活躍するアーティストはここまで挙げてきた名前だけに留まりません。新たな「黄金期」というからには、キリが無い程多数の才能が群雄割拠しているのです。

 

 

北米からは、ファンク、ソウル、ディスコなどをそれぞれの方法でアップデートしたKINGアンダーソン・パックBJ・ザ・シカゴ・キッドチャイルディッシュ・ガンビーノ、更にシーンのライジング・アーティストを多くフィーチャーし、ビートメーカーとして自身の記名性高いバウンシーなビート感を生かしながらそれを行ったケイトラナダ、よりサイケデリックな方向にシフトした大ベテランのマックスウェル、エモーショナルな「Weight in Gold」を携え一気にネクスト・ビッグ・シングとなったガラント、チャンス・ザ・ラッパーのSaveMoneyクルーのすぐ側でその空気感や視点を共有するジャミラ・ウッズ、先鋭的なエレクトロニカのプロダクションの上で歌うドーン・リチャード、インディR&Bの旗手=ブラッド・オレンジなどなど。

 

 

そして、ここ数年は完全にポップ・ミュージックの中心地をアメリカに奪われていたイギリスからも、ビヨンセやカニエ周りの仕事を反映したジェイムス・ブレイク、ボーカル・スタイルは90年代のフィメール・アーティストの系譜でありながらもMura Masa、FKA Twigsらの楽曲のモダンなビート感とも重なるNAOや、ナイル・ロジャースの参加でディスコへも舵を切ったローラ・ムヴーラ、ディアンジェロのバックを務めるピノ・パラディーノや、マーカス・ミラー、エスペランサらを起用したコリーヌ・ベイリー・レイそして先日デビュー・アルバムをリリースしたサンファがいます。

 

もちろん、ジャンル横断的な動きが多い先述のアーティストたちに対し、トラップ・ビートの上で歌うブライソン・ティラーフェティ・ワップトーリー・レーンズ(ブライソン・ティラーのアルバム・タイトルとも紐付けてこれらのアーティストたちの音楽を一部では"トラップ・ソウル"とジャンル化する向きも)、さらにベテラン、アッシャージョン・レジェンドといったより従来からのR&Bのメインストリーム・シーンに位置するシンガーの安定感ある作品のアウトプットもこうしたR&Bの幅広い豊かさを支えているし、ケラーニジェネイ・アイコティナーシェケレラといったこれからこのジャンルのアイコン的地位を目指していこうという女性シンガーたちの動きも見逃せません。

 

 

 

欧米と同時進行するアジア・シーン

 

最後に忘れちゃいけないのはこうした状況に呼応するアジアのシーンです。特に先行していくつかのヒップホップ・アーティストがアメリカでも人気を獲得している韓国では、R&Bも同じように熱を帯びています。ブームバップっぽい90年代のスタンダードなビートから、ブライソン・ティラーのようなトラップとケイトラナダのようなバウンシーなビート感も併せ持ったDEAN(サイケデリックになった様はミゲルとも重なります)やCrushはその筆頭。そんな状況からは、アメリカのポップ・ミュージックとの距離を縮めてきたK-Popが、80年代以降のよりオーセンティックなR&Bミュージックの歴史と完全に交わった瞬間として、益々新しいことが生まれていきそうな息吹を感じずにはいられません。また、アッシャーやジェネイ・アイコをフィーチャーしたアルバム『Chapters』がビルボードやローリング・ストーンのベストR&Bアルバムの一枚に選ばれたマレーシアのシンガー、ユナの名前も挙げておきましょう。

 

ここまで振り返ってみたような、暗澹たる不安を抱えた社会へのレスポンスや、当然のようにジャンルや歴史を横断する冒険的なプロダクション、そして地域性の幅の広さなどあらゆる要素を考慮してみれば、いまの時代のR&B=黄金期という説にはもう疑問が無いでしょう。

 

次回は、年明けにあったリリース・ラッシュからケラーニの『SweetSexySavage』をピックアップし、R&Bアルバムとしてだけでなく、「ポップ・アルバム」として如何に優れているかを紐解いていきます。

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